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東京高等裁判所 昭和28年(う)2128号 判決 1953年10月27日

控訴人 被告人 加藤正教

弁護人 清水昌三

検察官 中条義英

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣旨は末尾添附の弁護人清水昌三名義の控訴趣意書と題する書面に記載の通りである。これに対して次の様に判断する。

論旨第一点に対して。

原判示挙示の証拠によると原判示事実即ち被告人が同判示の年月日場所で同判示の石原昭男から同判示目的趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら同判示の金額二〇、〇〇〇円の小切手(原判示中に支払人石原和男とあるは支払人株式会社千葉銀行松戸支店の誤記と認む)一通の供与を受けたことを認めるに十分であつて、更にまた被告人はその二日後頃に供与者である石原がその嫌疑で検挙されたことを聞知し右小切手を肩書自宅の竃で焼却したことが認められる。而して公職選挙法第二二四条に同法第二二一条第一項第四号の収受した利益は没収する、全部又は一部を没収することができないときはその価額を追徴するとあるは一旦授受された利益又はその価額は常に国庫に帰属せしめ受供与者に犯罪による不正の利益を保持せしめないことを目的とするものであるところ、小切手は振出人が支払人に宛て受取人に対し小切手記載の金額を支払うことを委託する文言を有する証券で、受取人の支払人或は振出人に対する小切手金額の支払請求権を化体した有価証券であるが、その実質的価値は右債務者の資力支払意思その他の事情によつて種々異るものであつて、その価格は必ずしも小切手金額と一致するものではない。しかも前記の様に受供与者(受取人)である被告人が原判示金額二〇、〇〇〇円の小切手を焼却したときは最早小切手上の請求権は消滅し、爾後被告人は供与を受けた右小切手による不正の利益を保持しているものではなく、寧ろ右小切手焼却によりその利益は供与者である振出人の石原昭男に帰したものということができるから、被告人から右小切手の価額を追徴することを得ないものと解するのが相当である。従つて小切手は全部之を没収することができないので公職選挙法第二二四条によりその価額として金二〇、〇〇〇円を追徴するものとした原判決は法令の適用を誤つたものである。而して右の誤は判決に影響を及ほすことが明らかであるから、この点において原判決は量刑の不当を主張する他の論旨に対する判断をまつまでもなく破棄を免れない。論旨は理由がある。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 江里口清雄)

控訴趣意

第一点第一審判決には法令の適用に誤があり、且その誤は判決に影響を及ほすことが明らかであるから此点に於て原判決は破棄を免れない。即ち、

一、原審判決は被告人に対し、懲役四月執行猶予三年追徴金二万円を言渡したのであるが公職選挙法第二百二十四条によると「収受し又は交付を受けた利益は、没収する。その全部又は一部を没収することができないときはその価額を追徴する。」と定められている。而して被告人が石原昭男から受領したのは小切手であつてその価額は以下述べる理由によつて追徴し得ないものである。(一八八丁)

二、小切手は振出人に宛て受取人に対して一定金額を支払うべきことを委託する形式を有する証券で、その性質は引受前の為替手形と全く同一のものである。小切手が現金となる為には支払人に対する呈示を要し且該小切手の金額に相応する支払人に対する振出人の預金が必要である。右何れかの理由によつて小切手が不渡となつた場合に於ては訴訟手続により請求し得るが其時にも当事者間に於ては原因関係に基く抗弁(人的抗弁)が許されるのである。(小切手法第二十二条一項)。例えば委託担保の目的による小切手の如きは人的抗弁として認められるべきものである。判例も亦右主張を肯定して曰く、「小切手の授受は現金と同視し得ないから別の意思表示又は慣習なき限り小切手による弁済の提供は債務の本旨に従つたものと云い得ない。(大判、大正八、八、二八民録一五三二頁、同、昭和三、一一、二八評論一八巻民二四四頁)」

三、原審記録によると、被告人は「当夜石原が口の中でくちやくちや云い同人が勝手に私のポケツトえ入れて行つたのであり選挙に関して私は貰つたことはなく石原が逮捕されてから気付き小切手は焼却して仕舞ました。」(十六丁)と述べ検察官に対し被告人は、「私が左様なものを貴男から貰う条合のものではないと言つて帰ろうとすると石原は私が着て居た国防色のジヤンバーの外ポケツトに入れました。私が返そうとすると石原は之は直ぐ金になるものでなく後に金を上げるから此の小切手には金額二万円と書いてあるが之を現金にする為に銀行に行かないでほしいその中に現金二万円と之を引換えてやると申しました」(一六〇丁、一六一丁)と述べており更に「小切手の事が急に心配になり午前十時半頃兄嫂が昼飯をたくべくかまどの火を燃していたので兄嫂の隙を見て前記小切手を前記鞄から出して焼いて了いました。」(一六二丁)と供述している。一方石原昭男は原審公判廷に於て、石「終始そんな物はいらないと言つて居りました。」石「小切手を四つに折つて加藤さんの着ていた作業服らしいジヤンバーのポケツトに入れました処いらないいらないと何回も言われましたが無理矢理に入れたのであります。」(四八丁)更に、石「加藤さんが席を立つて靴を履いている内に私はあわてて書いて加藤さんの上衣のポケツトに入れたのであります。」(四九丁)、石「其際私はすぐ現金にしてくれるなと申しました。」(五〇丁)と証言しており更に検察官に対する供述中に、石「若し関係者から現金が貰えなかつたら私が差上げましようと言つたところ同人は差様なものは頂けないと再三辞退しましたが私がお願して取つて頂きました。」(八六丁)又公判廷に於て、石「投票を得る為に出したのではありません。若し投票を得る為に渡すのであれば現金でなければ間に合わないと思います。」(五四丁)と述べているのである。

四、以上によつて石原から被告人に額面二万円の小切手が渡された事は認定し難くないが、右小切手は石原から被告に感謝の意を表明する為に関係者から現金を受取る迄の担保の意味で渡したのであつて、それをすぐ換金して買収資金其の他の費用に充てる意思はなかつたのであり、被告人も其様な意味であつたからこそ再三固辞した後儀礼上受取つたに過ぎないのである。従つて現金であれば被告人としては決して受取らなかつたものであることを知り得るのである。被告人が選挙運動をなすに至つた経緯は鮮魚統制時代の特別の好意に感謝した事によるもので直接候補者との結付によるものであつたから(一五三丁)石原とは深い関係がなかつたものであることによつても充分知り得る処である。事実小切手は現金化されておらず支払の為呈示もされておらないのである(八七丁石原証言)のみならず其小切手は焼却されたものである。仍つて担保の為小切手を受領した事自体は決して現金の授受と同一視し得ないものであり、それは単なる紙片にすぎない。従つてその利益を没収し得ないものとして追徴することも亦許さるべきでないと言うべきである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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